2005年09月25日

自分の棚卸しをしよう。明日は、出版関連の方との打ち合わせで、ちょっと自分の棚卸し。

前のブログでちょっと 中学校は秋田で、冬のソナタみたいな・・と書いたので、打ち合わせで書いた自分の棚卸しを乗っけてみました。


1958/8/4 誕生 "これから俺が生まれた。環境はとってもいい家庭。ちょっと仕事ばかりしていた親父と、とても元気なお袋 夜中に会社の方が来ていっしょにご飯をたべたり、息子と呼ばれ、かわいがってもらった。
富山県高岡市幸町 下町のちっちゃい町
ココで、少年時代をすごす。" この両親に生んでもらったことがとても幸せであった。最大の幸運であるね。
1961/4/1 保育園  また、お袋が、電信電話局に勤めていて、しばらくおばあちゃんの家に いつもいっていたな。おばあちゃんはとってもやさしくて、おばあちゃんっこであった。お袋の教育、そしておばあちゃんちでの生活。
おばあちゃん、おじさん、おじいちゃんとの間でとてつもない愛情の中ですごした。
 保育園でもそんなに、めだつほうではなかったように思うけれど。
保育園でウンチをすることが、先生にいえなかった。それだけシャイだった。

 ただ飛行機を折って飛ばして、それが戻ってくるような新しい紙飛行機をつくったり、自分で、積み木を使って何時間も遊んでいたようにおもう。
このときに図形の空間認識など、本当に学んだな。
三角形を組み合わせて、いろんなおもちゃ、メンコもたくさん集めていた。工夫するのが大好き。"
1961/7/妹の誕生 不思議なことにこのとき3歳なのになぜかおふくろがねているのをみていた。妹ができたことに、嫉妬?うれしいという感覚はなかったな。 この妹が、私に与えた影響は大きい。今になって思えば、何かしら私を見守ってくれる役割だったのかもしれない。おとなしい妹。でも兄妹で特別遊んだとかはなかった。男は男どうし。でしたね。
1965/4/1 小学校へ このころは、近所のガキ大将に混ざって本当に、金魚の薫のように、年長の小学校の先輩についていっていた。けんかも弱かったな。 "勉強は、いつもふざけていた。ふざけていると、しっかりした女の子の隣に座れる。これがメリット。
小学校4年生に百科事典を買ってもらった。なぜか2階の自分の部屋でその本を片っ端から読んでいた。動物の本とかは、まっくろになるくらい・・・
でも、不思議に百科事典はおもしろかった。エッチなゴヤの裸婦なんか見て興奮していたな。
だから、科学や歴史についても教科書以外のことをしっていることがとってもたのしかったな。別に中学受験もなかったし・・
小学校 5年生から水泳の選手に・・・人がやっていない種目を・・・そのころから、マイナーな種目がすき。
背泳ぎで選手に 5年生で 10センチくらい身長のびる。
でも試合では ダントツの最下位で、おばあちゃん、おじいちゃんにさびしい思いがあったな。子供ながら・・"



1971/4/1 中学校へ "今までは、富山県で住んでいたのが当たり前とおもっていたが、親父の会社が、東北へ新しい支店を出すため、秋田へ転校。セキノ興産という会社だ。人の3倍は働く会社。よく親父もがんばったと思う。この経験が自分を変えていく。
自分が選んだのが、柔道部。しかし、この柔道部、とっても強い中学校だった。小学校から柔道やっていたメンバーと実力が違っていた。また、先輩からのしごきもきつかったな。無理やり、木の角にぶつけられたり、と一年で退部。
小学校ちょっとやっていた、卓球部へ
ここも1年のブランクは長かった。3年になってやめてしまっていました。いい加減。でも、なにかやりたかったな。友達もいい人たちだったな。秋田はいい。せこせこしていないよね。生きていることが何より幸せって感じ。
さあ 高校受験。でも、成績が下がるとよし、とがんばるとあがる。するとすぐ遊びほうけて、しまう。何のために勉強しているのか、自分ではわからなかった。
 ただ、秋田高校へは、ちょっとハードル高かった。で、2番目の南高校へ、
さすがに塾へ行った。合格。実力試験はすごく強かった。暗記の部分はからっきしだめ。" "中学校の入学式から、変わって びっくり。まず、言葉、本当にずーずー弁ってあるんだね。そのことがびっくりと、こんなにも人々の暮らし方って違いが有るんだとわかった。秋田市八橋字田五郎町 とんでもない名前だ。学校の通学途中に 本当に油田があるんだ。ギーギーと油田の引き上げ機が動いていたのを今も思い出す。このときに隣に座っていたのが初恋の人。
とっても髪が長く、そして 秋田美人だったな。手を握っただけで・・・純情でした。初デートは、愛のメロディーだったかな。ロミオとジュリエットだったかな・・どっちでもいいけど。

とってもいい町。貧乏でも、今日一日を楽しくすごそう。きりたんぽ、はたはた、しょっつるなどたくさんのおいしいご馳走。そして、なべっこ遠足。会社の前の小林八百屋店のおじさん、スキー連れてってくれてありがとう。しかし、そこで足をひねって、たいへんなところお世話になりました。
青春時代に秋田県で過ごせたことは、とても幸せだったね。富山県は、結構、外見を気にする。毎日めざしでも、塀は立派に。
秋田は、ぼろは着てても心がたのしい。
今でも英語の先生に頭を殴られたの覚えている。一年生のとき、英語の授業で、背にもたれて授業を聞いていた。お前・・・がーんと一発。ショックだった。本当になぐられた。たんこぶが出来た。"


arayamanet at 00:48│Comments(1)TrackBack(0)clip!考えてること 

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この記事へのコメント

1. Posted by 井上   2005年09月26日 05:59
自分の棚卸・・・。月1度はするようにします

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