2008年03月08日

夢を育てる会社 「ドリームジーピー」誕生

そんな中、一昨年、私の会社に出資していただいているエンジェルの方、また、パートナーとして支援させていただいている、レーザーセンサーの電機の会社の社長とともに、ある新しい技術の再構築へ動くきっかけがあった。そのころ、ある大手の会社が、十億円以下の開発案件で将来の見込みが無いものに関しては、整理する方向で動いていた。「かおはん」事業もそのひとつであった。「三次元立体モデル」事業の中のひとつとして「かおはん」の事業を、その大手の会社から引き受けている会社があった。しかし、大手がやっても事業化できなかったものを引き受けて、どのように改善したらいいか、その社長から、同友会のセミナーをしたきっかけで、相談があった。私は、京セラで生産技術の責任者もしていて、ハードもわかり、マーケティングについても会社を興してから学んだ。その社長から支援を依頼された。しかし、私はマドックでがんばらなくてはならないので、支援を行う形で相談に乗っていた。そして、その事業を発展させるための新会社を設立しようという動きになった。
各企業一千万円づつ持ち寄って・・・四社で立ち上げた。それが今の「ドリーム・ジーピー」(Dream GP―Dream Growing Platform)である。当然、その事業を持っている会社の社長がそのまま新会社の社長を務める予定で進んでいたが、ふたを開けてみたらとてつもない大変な仕事。電気も機械もマーケティングも、すべてが必要な大変な仕事であった。何度かその大手企業と打ち合わせして移管を進めていく中で、新しい会社の社長は・・・と、相手先の役員の方から、「あんたしかいないやろ・・」と、突然、私が社長に推挙された。しかし、会社を二つできるほど甘くはない。そのことをマドックの新しい若い役員に相談した。どうすべきか?抜けてもやっていけるか?なんとそのときの答えが「社長の給与、経費も下がるんでしょう?だったらいいですよ」と・・・そう言ってくれて、やることを決意した。しかし、始めてみて困難がよくわかった。まるっきり事業としてなっていない赤字事業。四千万円もあっという間になくなってしまう。また、その引継ぎの際、大手企業でかおはん事業に携わっていたメンバーも引き継いだ。
最初から、売上が無い状態で、今の技術の棚卸しを徹底的にした。三次元立体モデラー: 発想はいいが、まだ実用化への具体的な用途開発ができていない。かおはん: まずは、引き継いだ社員も抱えたし、何とか収益を出さなくては・・・ 三次元足型測定機 : この装置は、市場はとても小さいけれど、デザインや戦略次第では大きな可能性が見えてくると・・・。困っていたときに、人手も足りないときに、新しいメンバーが偶然、入ってきてくれた。また、今までの人脈の中で、マーケティングや、靴業界も知っているメンバーが参画してくれて、新しい事業モデルの構築を手伝ってくれた。最初の半年で、戦略と、各部材ならびに、他社のベンチマークを徹底的に行った。
そんな中で、二〇〇七年四月、まったく新しい商品として設計を変え、出資会社のひとつであるタイヨー電機に製作をしてもらい、四機種を開発し、国際展示会へ出品した。その中での引き合いで、一社で十台の受注、またアディダスへの導入と動き始めたのが、同年春から夏にかけてである。必死で、生き残りをかけながら、何とか売上が立ってきている状態にきたのが今の「ドリーム・ジーピー」である。
「企業を元気にする」本質を追求して、WEB、開発、建築支援、CAD、ISOの事業を行ないながら、新しい体制で自主自立を進めているマドック。二人の取締役を中心に、全員が一体となって事業を進めていくことで、新生マドックとして成長していく。十三年目で、荒山元秀がいなくても回っていくことができる会社になろうと、必死で取り組んでくれている。さびしい気持ちもあるが、二つの事業を同時にやれるほど甘くは無い。
また、私が両方の組織を中途半端に経営するよりも、新しい組織の中で新しいリーダーがどんどん出てくる、そんな形を目指していく(丈夫のおこりきたらんことを)。マドックという、企業を元気にする会社としてやってきて、本当に企業が元気になるためのイノベーションを起こし、新しい商品、サービスを生み出すことが実業として必要と感じ、新しい会社、ドリーム・ジーピーが生まれた。この新しい会社を成功させることが、マドックにとっても、新しい「企業を元気にする会社」として企業創造を行えるという地力が本質的に備わったということにもなるのだ。



arayamanet at 04:26│Comments(0)TrackBack(0)clip!未分類 

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